ロッホ・ローモンドの伝説
アワライで何度か紹介したロッホ・ローモンド。この歌の舞台となっているスコットランドのローモンド湖の映像です。この歌の伝説を特集したもので、途中で若いスコットランド娘が車の中でロッホ・ローモンドを口ずさみます。
戦いに敗れたスコットランドの兵士の悲しみを歌ったこの歌は、スコットランドの愛国心を呼び覚ますものとして、今も多くのスコットランド人に愛されています。
ビデオの後半に表れる字幕の英訳は以下の通り。
「伝説の始まり、ジャコバイトの反乱は1745年に起こった。
王冠の奪還に向けて、ハイランダーはボニー・プリンス・チャーリーを迎えた。」
当時のカトリックとプロテスタントの争いは凄まじく、イングランドの王座もカトリックからプロテスタントに変わったばかりでした。スコットランドのカトリック勢力ジャコバイトは、カトリック王の後継者であるボニー・チャーリーを立て、反乱します。
ハイランダーとは、スコットランドにひろがる高地ハイランドから来ています。
当時のイギリスはプロテスタントのイギリス国教会が支配する国。でも、王位を追放されたスチュアート家のジェームス2世はカトリックでした。新しく王位についたのはプロテスタントのメアリーですが、世襲制でいうとボニー・チャーリーが正しく、当時の人々はいろいろと板挟みになっていたようです。
スコットランドにジャコバイトの勢力が多かった理由の一つは、スチュアート家がスコットランドの名家だったため。そして、イングランドへの敵対心。1707年には今のEUのように経済的に手を結んだイングランドとスコットランドですが、まだまだ違う国でした。
この歌は戦いに負けたハイランダーの戦死の詩ですが、この戦いの前にはもちろん、普通の平穏なローモンドでの暮らしや恋、思い出がありました。
1945年に始まった戦いは一進一退。しかし、最後は悲惨な結末でした。
1746年、ジャコバイト勢力最後の戦いは、致命的な敗北でした。イングランド側はジャコバイトの負傷兵をも虐殺、首を刈るという方法で皆殺しにしたのです。
その後もスコットランドのジャコバイトは捜索の上捕らえられ、3000人以上が処刑や植民地奴隷になりました。
この戦いは、スコットランドの氏族にとっても最後となりました。
この後、制度は解体され、イングランドの政府軍がスコットランド各地に常駐することになるのです。
「君は高い道を行き、僕は低い道を行く 君より先に、スコットランドの土となろう」
死の戦いへ向かうために、恋人と別れる歌です。
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