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2009年5月 1日 (金)

悲惨を極めた引き揚げ その船の中で聞いた「りんごの唄」と希望


満州からの引き揚げ船の中で歌った朧月夜のエピソードを何度か紹介しましたが、実際に引き揚げ経験を持つ方の手記がこちらに掲載されています。
ソ連兵の侵攻は太平洋の島々での戦い、沖縄の戦い、フィリピンなど占領地での戦いの悲惨さ同様、相当のことがあったはずですが、あまりに悲惨だったために本当のことを語らない方も多いと言われています。
紹介した手記は平壌からなんとか南側にたどり着き、引き揚げ船で「リンゴの唄」を聞いて感動したエピソードがあります。唱歌や軍歌ばかりだったので感動したそうです。まさに「希望そのもの」。ひとつの唄がどのように聞かれ、愛されたか、私たちはなかなか知る機会がありません。

ちなみに、作詞はサトウハチロー。この唄は戦時下に軟弱すぎるとして検閲を通らなかったそうです。

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2009年4月30日 (木)

今は亡き熱狂の「人間なんて」


プロテストソング全盛時代の若者に「帰れコール」を浴びるなど、ウィキペディアを見ると大変なことだらけだったらしい吉田拓郎。「伽草子」は名アルバムですが、それよりもっと前の「人間なんて」です。中津川フォークジャンボリーという今でいう夏フェスのようなイベントで、メインステージとサブステージがあり、サブステージで延々と歌い始めた吉田拓郎は、この「人間なんて」をマイク無しで演奏を続け、観客が熱狂、メインステージになだれ込んだそうです。
熱いです。

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2009年4月29日 (水)

毬と殿さまのリズムに感動しました 由紀さおりコンサートより


先週の金曜日、亀有で由紀さおり・安田祥子さんコンサートがありました。
佐藤剛プロデュースによる由紀さおりのアルバム「いきる」から何曲か披露。
去年、由紀さおりが主役を務めた舞台「新宿・歌声喫茶の青春」を再現する一コマもありました。

レパートリーのうち、気になったのは「毬と殿さま」。
そのノリの良さとメロディアスに感動です。
昭和4年(1929)に中山晋平によって作られました。
毬がころがって、紀州の殿様のかごの上に乗ってしまい、そのまま東海道を旅して紀州でみかんになったよ、という歌詞です。
中山晋平は島村抱月による「復活」の劇中歌「カチューシャの唄」の作曲で知られ、「東京音頭」「シャボン玉」「七つの子」の作者。童謡といえば彼、といった感じでしょうか。

子供のころに聞いた、子供用盆踊りの歌を思い出しました。

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2009年4月28日 (火)

いちご白書〜が荒井由美の作詞作曲だと最近知りました。


最近、親しい人から教えられ、「いい曲だなぁ」と思っていたのですが、さらにごく最近、作詞作曲が荒井由美だと知り、「どんな天才なんだ」と愕然としました。改めていい曲です。

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2009年4月27日 (月)

火薬級のかこよさ! ザ・ダイナマイツ


65年の阿佐ヶ谷の不良少年で結成。ちょっとグルーヴっぽいに匂いがしたりして、かっこいいです。ギターの山口は後に村八分に参加します。

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もずが枯木で サトウハチロー原詩のタイトルは「百舌よ泣くな」だった


厭戦歌謡〈もずが枯木で〉。ソウルフラワーユニオンモノノケサミットのカバーによって知った歌ですが、この悲しさがたまりません。昭和10年にサトウハチローが作詞したものですが、なぜこの戦時にこの詞が検閲を通ったのが疑問に思った二木鉱三という人が、当時発表されたものは今の詞と違うのではないかと、発表時のものを調べました。
それはまず、タイトルが「百舌よ泣くな」でした。
歌詞は以下の通り。

百舌が枯木に 泣いてゐる
おいらはわらを たたいてる

わたひき車は おばアさん
こっとん水車も 廻ってる

みんな去年と 同じだよ
けれども足り無え ものがある

兄(あん)さの薪割る 音が無え
バッサリ薪割る 音が無え

兄さは満洲へ 行っただよ
鉄砲が涙に 光っただ

百舌よ寒くも 泣くで無え
兄さはもっと 寒いだぞ

反戦詩であることには変わりなく、児童向けだったことからではないかということです。
それにしても、戦前の岩手の、普段の日々がストレートに伝わってくるのはなぜでしょう。
奇をてらうわけでもなく、ただ静かに兄のことを想っている、その普通の想いだからこそ、心に響くものがあります。

ちなみに、今の歌詞は茨城で民謡として戦後歌われていたもの。
サトウハチローの詩に感動した茨城県の教諭、徳富繁が曲をつけ、県内にひろまったためです。

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