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2009年6月19日 (金)

中世のイギリス気分に浸れる、グリーンスリーヴスという曲


ヴァネッサ・カールトンによるグリーンスリーヴス。
イギリスにおいて、16世紀まで口頭伝承で受け継がれたという曲です。
ヘンリー8世が作ったという噂もあります。
イギリスっぽさを感じる1曲です。

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2009年6月18日 (木)

El Derecho de vivir en Paz チリの9.11


歌そのものの良さもありますが、やはりヴィクトル・ハラ(ビクトル・ハラ)の人生や、歌のテーマに込められたものが大きすぎるのでしょうか。胸があつくなります。

チリの伝統音楽の歌い手だった彼は、1971年、ベトナム戦争に対するこの歌を書き上げました。
チリで史上初となる自由選挙によって生まれた社会党政権を支持し、それがために、軍部クーデターにより殺されました。

社会党政権のリーダーの名はアジェンデ。1973年、9月11日に大統領として最後の演説をしたのち、大統領府に乗り込んだ軍部によって殺害されたということです。
チリで言う9.11とは、このクーデターのことを意味するそうです。

ヴィクトル・ハラはスタジアムに連行され、仲間をはげますために歌をうたったそうです。
そのために両手を撃たれ、殺害されました。

当時、社会党・共産党系勢力を絶対に許さなかったアメリカCIAが絡んだ事件でした。
後にクーデター政権は悪評高い新自由主義を取り入れ、借金まみれになり、貧富の差は拡大し、アジェンデやヴィクトルの理想とする世界のまったく逆を進んでいきました。
今もアジェンデとクーデターのリーダー、ピノチェトの評価は、チリ国内を2分しているそうです。

歌はスペイン語そのままで歌うほうが素敵です。
以下、アワライ訳です。なるべく直訳しました。最初は「平和に生きる権利」ではなく、単に「生きる権利」と歌っています。

El derecho de vivir エルデレーチョ・デヴィヴィエ
(The right to live 生きる権利)


poeta Ho Chi Minh,
 ポエタ ホーチミン
(poet Ho Chi Minh,  詩人ホーチミンは)

que golpea de Vietnam ケゴルペア・デ・ヴェトナム
(that it strikes of Vietnam 訴える ヴェトナムの)


a toda la humanidad. アトーダラ・ウマニダド
to all the humanity すべての人権を)


Ningún canón borrará ニングン・カノン・ボララ
(No canon will erase 兵器では消せないと)


el surco de tu arrozal. デ・スルコ・デ・トゥワルザル
(the furrow of your rice field. 水田の耕地までは)


El derecho de vivir en paz. エルデレーチョ・デヴィヴィエ・エンパズ
(the right to live peacefully 平和に生きる権利)

Indochina es el lugar インドチナ・エスエルルガール
(Indochina is the place インドシナは)
más allá del ancho mar, マサルジャデル・アンチョマール
(beyond the wide sea 広い海の彼方にある)

donde revientan la flor ドンデレービエンタンラソール
(where they burst the flower そこは花が焼かれ)
con genocidio y napalm; コンジェノシードョイナパーム
(with genocide and napalm ナパームで虐殺されるところ)


la luna es una explosion ラルーナエスウナ・エクスプロシヨン
(the moon is an explosion 月(女)がすべての悲鳴で)


que funde todo el clamor.
ケフンデ・トドエルクラモール
(that it founds all the outcry 爆発するようにおおわれるところ)
El derecho de vivir en paz.


Tío Ho, nuestra canción ティオ・ホー、ヌエストラ・カンシオン 
(Ho uncle, our song ホー叔父、われらの歌は)


es fuego de puro amor,
 エスフエゴデ・プロアモール
(
 is fire of pure love 純粋な愛の炎)

es palomo Palomar エスパローモ・パロモアル
(he is a male pigeon of a place of the pigeons 鳩舎の鳩)

olivo de olivar オリーヴォ・デ・オリヴァール
(olive tree of trimming off lower branches 手入れされたオリーブの木)

es el canto universal エスエルカント・ウニバサル
(it is the universal song それはごく普通の、普遍の歌)

cadena que hará triunfar, カデナキャラ・トリンファラ
(chain that will make prevail 勝利を生む環)


el derecho de vivir en paz.

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2009年6月17日 (水)

ロッホ・ローモンドの伝説


アワライで何度か紹介したロッホ・ローモンド。この歌の舞台となっているスコットランドのローモンド湖の映像です。この歌の伝説を特集したもので、途中で若いスコットランド娘が車の中でロッホ・ローモンドを口ずさみます。

戦いに敗れたスコットランドの兵士の悲しみを歌ったこの歌は、スコットランドの愛国心を呼び覚ますものとして、今も多くのスコットランド人に愛されています。

ビデオの後半に表れる字幕の英訳は以下の通り。

「伝説の始まり、ジャコバイトの反乱は1745年に起こった。
王冠の奪還に向けて、ハイランダーはボニー・プリンス・チャーリーを迎えた。」
当時のカトリックとプロテスタントの争いは凄まじく、イングランドの王座もカトリックからプロテスタントに変わったばかりでした。スコットランドのカトリック勢力ジャコバイトは、カトリック王の後継者であるボニー・チャーリーを立て、反乱します。
ハイランダーとは、スコットランドにひろがる高地ハイランドから来ています。

当時のイギリスはプロテスタントのイギリス国教会が支配する国。でも、王位を追放されたスチュアート家のジェームス2世はカトリックでした。新しく王位についたのはプロテスタントのメアリーですが、世襲制でいうとボニー・チャーリーが正しく、当時の人々はいろいろと板挟みになっていたようです。

スコットランドにジャコバイトの勢力が多かった理由の一つは、スチュアート家がスコットランドの名家だったため。そして、イングランドへの敵対心。1707年には今のEUのように経済的に手を結んだイングランドとスコットランドですが、まだまだ違う国でした。

この歌は戦いに負けたハイランダーの戦死の詩ですが、この戦いの前にはもちろん、普通の平穏なローモンドでの暮らしや恋、思い出がありました。
1945年に始まった戦いは一進一退。しかし、最後は悲惨な結末でした。

1746年、ジャコバイト勢力最後の戦いは、致命的な敗北でした。イングランド側はジャコバイトの負傷兵をも虐殺、首を刈るという方法で皆殺しにしたのです。
その後もスコットランドのジャコバイトは捜索の上捕らえられ、3000人以上が処刑や植民地奴隷になりました。

この戦いは、スコットランドの氏族にとっても最後となりました。
この後、制度は解体され、イングランドの政府軍がスコットランド各地に常駐することになるのです。

「君は高い道を行き、僕は低い道を行く 君より先に、スコットランドの土となろう」
死の戦いへ向かうために、恋人と別れる歌です。

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2009年6月16日 (火)

ユダヤ人であるポール・サイモンが作った〈Bridge over troubled water〉


70年代の混沌の時代にポール・サイモンが書き上げた〈Bridge over troubled water〉。
当時のリハーサルの貴重映像です。
この歌が後に、9.11のニューヨークでのテロのあと、ラジオで放送禁止になります。
それでも、セントラルパークでの追悼コンサートでは、この歌が多くの人の心に響きました。

彼とアート・ガーファンクルは、ユダヤ移民の子孫。
イスラエル問題が911テロの根底にあるだけに、意味深い歌となりました。

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2009年6月15日 (月)

WomanizerをうたうFall out boy


26日のフジロックグリーンステージに登場予定のFall out boy.
途中でブリトニーの〈Womanizer〉になります。
かっこいい。
もっとふざけたバージョンは続きでどうぞ。

続きを読む "WomanizerをうたうFall out boy"

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ファシストに立ち向かったパルチザンたちの歌


ロシアの〈カチューシャ〉を基にイタリアでパルチザンの曲となった〈フィッシャ・イル・ベント〉。
イタリアでは今でも老若男女問わず歌われる歌です。
歌詞は、「残酷な死におそわれても パルチザンは復讐する」
といった激烈なもので、対ファシストの内容です。

共産思想の影響を受けた人々が対ファシストのパルチザンの主要勢力だったため、メロディはロシアなんでしょう。このファシストに対する抵抗が、一部のイタリア人の誇りとなりました。敗戦国特有の贖罪の意識もイタリアは少ないと言えます。
敗戦国でありながら、イタリア人はこの歌を力を込めて歌います。
当時を支配していたファシスト勢力に、勇敢に立ち向かったのだと。


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2009年6月14日 (日)

フジロック通のリリィ・アレンが09に参加決定


先日、リリィ・アレンがフジロック09の参加を発表しました。
以前にはスタッフとして参加したこともあるフジロック通だそうです。

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