アレンタウンをアワライ、合唱です。
2008年ともなると、「アレンタウン」もみんなで歌えます。
サビのあたりは鳥肌ですね。
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実はアレンタウンは、70年代に「Levittown」として書かれた曲がオリジナル。
Levittownはビリージョエルが幼少期を送った町で、ニューヨーク近郊のロングアイランドにあります。80年代になって、アレンタウン周辺の工業事情を耳にして「アレンタウン」として発表しました。
デビュー当時にその近辺での音楽イベントに参加していたために、事情に詳しかったようです。
2007年、再びアレンタウンを訪れたビリーは地元で歓迎を受けました。
映像は発表当時、ロンドンでのライブ。
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ソ連でのライブなので通訳がビリーの説明を訳しています。
彼が言っているのは以下の通り。
「次の曲は、アルバム「ナイロンカーテン」から。この歌はアメリカ北東部の若者を描いたものです。残念ながら製鉄所が閉鎖になり、ただ、「いつか今より、良い暮らしになる」と信じて生きています。非常に愛されている曲です。「アレンタウン」」
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82年の「ナイロン・カーテン」におさめられているビリージョエルの「アレンタウン」。
アメリカには今に限らず、昔から負の一面があって、映画ではよく暗い田舎のアメリカが描かれてきました。その暗さが結構好きだったりするのですが、彼のこの歌にはその良さがあるような気がします。曇り空のアメリカ田舎町。
アレンタウンはアメリカ、ニューヨークのマンハッタンから東へ140キロ、ペンシルバニア州の3番目の都市で、人口はおよそ10万人。歌詞に出てくるベツレヘムは東にある隣町です。
ジャージーショアというのは、ニューヨークの南に200キロにも及ぶとにかく長い海岸のこと。ビーチは白砂で美しいです。USOは軍のさまざまなサービスを担当する団体。
この歌はそのUSOで出会った退役軍人の町で、炭坑が閉じ、すっかり変わってしまった町を描いています。
炭坑の悲哀を感じたこの町も、戦前には同じようにシルクの工場で栄枯盛衰を味わっています。
今はそれなりに娯楽施設もある普通の幸せな町のようです。
歌の冒頭の音は、2003年まで営業をしていたベツレヘム製鉄所の鉄をプレスする音。
ちなみにコードだとCCEmEmです。
このころの社会問題を歌ったビリージョエルの歌声は本当に素敵です。
映像はオフィシャルではなく、実際にアメリカの製鉄風景で作られたもの。
以下、アワライ直訳です。
Well we're living here in Allentown
俺たちはアレンタウンに住んでいる
And they're closing all the factories down
工場はすべて閉鎖
Out in Bethlehem they're killing time
ベツレヘム製鉄所の外では誰もが暇をもてあまし、
Filling out forms, standing in line
求職の申し込みに並んでる
Well our fathers fought the Second World War
父親たちは第二次大戦で戦った
Spent their weekends on the Jersey Shore
週末はジャージーの海岸で過ごし
Met our mothers in the USO
USOで母親たちと出会い
Asked them to dance, danced with them slow
ダンスを申し込んで、ゆったりと踊ったのだ
And we're living here in Allentown
そして俺たちはここアレンタウンに住んでいる
But the restlessness was handed down
不安は人から人へひろがり
And it's getting very hard to stay
住みづらくなっていく
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歌の後半より アワライによる訳
Remember Charlie, remember Baker,
チャーリーを、ベーカーを覚えているか
they left their childhood on every acre.
彼らは子供の面影を残したまま、墓地に眠っている
And who was wrong? And who was right?
誰が悪くて、誰が正しい?
It didn't matter in the thick of the fight.
戦いのまっただ中で、そんなことはどうでもいい
We held the day in the palm of our hand.
昼間は僕らの手中にあった
They ruled the night and the night seemed to last
as long as six weeks on Parris Island.
夜は彼らのもので、一晩がまるでパリス島での6週間のように長く感じた
We held the coastline, they held the highlands,
and they were sharp, as sharp as knives,
僕らは海岸線に陣取り、彼らは高地を保守していた
彼らはナイフのように研ぎすまされていた
they heard the hum of motors, they counted the rotors
and waited for us to arrive.
彼らはモーターの音を聞き、ローター(回転翼)の音を数えた
そして、僕らが攻めてくるのを待っていた
And we would all go down together,
we said we'd all go down together,
yes, we would all go down together.
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