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2009年12月12日 (土)

史実を描いたロッホ・ローモンド(corries)の歌詞(原曲)の意味


スコットランドとイングランドの争いによる悲劇を歌ったロッホ・ローモンド。
歌詞はいくつかありますが、Corriesの歌うおそらく原曲に近い詩が見つかりました。
スコットランドの方言なので正確な訳はわかりませんが、他の詩に比べて史実をより忠実に歌っているようです。

「愛するドナルドが王チャーリーとともに戦いに行く」
この二人は花嫁・花婿だったらしく、花嫁は夢を見て、恋人の死を悟って泣きます。
夢の中で二人は一緒に立っているのですが、よく見ると彼の腕は冷たくなっていて、心臓から紫色の血を流していたのです。

最後の歌詞の部分は本当に悲しいですね。(訳はアワライによる直訳です。スコットランド語なので不正確ですがお許しください)

O wither away my bonnie (魅力的な) May (which direction) Sae late an' sae far in the gloamin' (so far in the dusk たそがれ) The mist(霧) gather grey(谷間) o'er moorland(地名ムーアランド) and brae (hill 丘) O wither sae far are ye roamin'?
枯れた冬の美しい丘は、ゆっくりとたそがれになり。ムーアランドと丘の谷間に霧がたちこめる。
この丘を君はどこまで歩いていくのか

O ye'll tak(you'll take) the high road an' I'll tak the low I'll be in Scotland afore (before) ye For me and my true love will never meet again By the bonnie bonnie banks o' Loch Lomond
君はあの高い道をいきなさい。
私は低い道をいき、スコットランドの土となる。
私と愛する人は、もう二度と、この美しいローモンド湖の丘で出会うことはないだろう。

I trusted my ain(own) love last night in the broom (bush 灌木、しげみ)
My Donald wha' loves me sae(so)dearly For the morrow he will march(進軍する) for Edinburgh toon (town) Tae fecht(to fight) for his King and Prince Charlie
私は昨夜、しげみの中で、私の愛を信じていました。
私を心から愛してくれるドナルドは明日、王チャーリーとともに、エディンバラの町に向けて進軍します。

O well may I weep(泣いた) for yestreen(昨日) in my sleep we stood bride and bridegroom together But his arms and his breath were as cold as the death And his heart's blood ran red in the heather
昨日は夢の中で泣き続けました。
花婿と花嫁は一緒に立っていました。
でも、彼の腕と呼吸は死んだように冷たくなっていて、彼の心臓から紫色の血が流れていました。

As dauntless(勇敢な) in battle as tender in love He'd yield(負ける) ne'er(never) a foor toe(つまさきで蹴る) the foeman (enemy) But never again frae(from) the field o' the slain(殺された) Tae his Moira will he come by Loch Lomond
優しい愛のように勇敢な戦いで、彼は敵と戦った。
でも、彼は殺されてしまった。
彼の美しい織は、ローモンドに戻ることはない。

The thistle(thistle=アザミ、スコットランドの国花) may bloom(咲く), the King hae his ain (have his own) And fond(大好きな) lovers may meet in the gloamin' And me and my true love will yet meet again Far above the bonnie banks of Loch Lomond

アザミは咲き、キングはそれを手にとる。
恋人たちはたそがれに出会い、
私と愛する人は、美しいローモンド湖の丘のはるか上で、また出会えるだろう。

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2009年12月11日 (金)

トラファルガーで、ヘイジュードを歌おう。


まさにアワライ。みんなで歌おう。

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「インターナショナル」フランス語原曲からの歌詞を直訳


世界各国のバージョンがあるこの歌ですが、フランスの原曲からはいろいろと変わっているようなので、曲がつけられる前のフランス語詩から直訳してみました。
この詩はおそらくポティエというパリ・コミューンの詩人によって書かれたもので、1887年に発表されたものだと思います。この詩をもとに、後にドジェイテルという人が曲にしました。なので、今歌われているフランス語の「インターナショナル」と少し違います。
()内は1922年ごろに披露された直訳で近い部分を入れてみました。曲として発表された詩の方は18日にアップします。

Debout! l'âme du prolétaire!
立て! 起立せよ プロレタリアの心よ魂よ
Travailleur groupons nous enfin.
労働者(労働階級)は私たちを最後に団結させる(いまぞ日はちかし)
Debout! les damnés de la terre!
立て! 地獄に堕とされた人々(たて呪われしもの)
Debout! les forçats de la faim!
立て! この飢えを悟らせよ(たて 飢えたるもの)
Pour vaincre la misère et l'ombre.
この闇と苦難を乗り越えるために(暴虐の鎖 断つ日)
Foule esclave, debout! debout!
捕われている人々(群衆)を集めよ(奴隷よたてたて)
C'est nous le droit, c'est nous le nombre
それは私たちの権利 仲間たち
Nous qui n'étions rien, soyons tout.
私たちは何者でもないが、すべてだ(無よりすべてに)

C'est la lutte finale:
それは最後の闘争
Groupons-nous, et demain,
団結し、明日、
L'Internationale
Sera le genre humain.
インターナショナルは人類の歌になる

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2009年12月10日 (木)

パリ・コミューンで生まれた「インターナショナル」フランス語版


「インターナショナル」が生まれた1871年のパリは、歴史上、市民が最も熱くなったと言っても過言ではないでしょう。
フランス帝国軍は当時の強国プロイセン(ドイツ北部の国)に敗北。パリは包囲されたまま、国防軍は戦うものの降伏します。
パリ市民はそれを認めませんでした。
市民は市民のための政治を行うことを宣言し、選挙を行うなど国家パリ・コミューンを誕生させました。
労働者による国家を目指していたカール・マルクスらの「第一インターナショナル」の影響を受けていたとも言われています。

しかし、パリはドイツ北連邦軍に包囲されたまま、フランスの国防軍によって攻撃され、多くの血を流し、72日間という短い革命政権は終わりを告げました。

このパリ・コミューンで、一般市民から生まれたのが「インターナショナル」。
やがてこの歌はソビエトの国家になるなど、世界中に歌詞が翻訳され、ひろがりました。

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2009年12月 9日 (水)

ライプチヒのデモで歌われた「インターナショナル」


東ドイツのライプチヒで起きた小さなデモはやがて大きくなり、壁崩壊へと導きました。
市民デモに対する秘密警察の鎮圧に抗議し、7万人の市民による市内行進が行われた89年10月9日。
ふたたび惨事が起きると予想されていたため、警察、市民ともに悲壮感が漂っていました。

もしそれが起きるとすれば、秘密警察のビルをデモ隊が通るとき。
ビルの中で待機していた警察官たちが聞いたのは、デモ隊が歌う「インターナショナル」でした。

「インターナショナル」は共産圏の象徴ともいえる歌。体制側の歌です。
デモ隊はその歌を歌うことで、警察隊との和解を示しました。

そして、鎮圧は実行されなかったのです。
それどころか、自由な市民の意思を政治に反映させる話し合いに体制側は応じると約束したのでした。

日本では一部の世代では、「インターナショナル」は共産党、学生運動、左翼運動をイメージさせるものですが、社会主義、民主主義というイデオロギーにしばられることのない今、フランスで生まれたこの歌を純粋に評価できるようになったのではないでしょうか。

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2009年12月 8日 (火)

意訳が多い「スプーンフルシュガー」の直訳


「メリーポピンズ」の中でも有名なこの曲ですが、大幅に意訳されたものが出回っていて、直訳されたものがほとんどありません。なので、以下直訳です。
映像はChristine Pediが歌う大人の「スプーンフル・シュガー」。

In every job that must be done there is element of fun; you find the fun and snap!
やらなくちゃならないすべての仕事には、楽しい要素があるから、指を鳴らして、楽しさを見つけて。
The job's a game; And every task you undertake becomes a piece of cake,
a lark! A spree!
仕事はゲーム。あたなが引き受けたすべての任務は、すごく簡単になる。
歌って、浮かれて!
It's very clear to see that a spoonful of sugar helps the medicine go down,
the medicine go down, medicine down.
スプーン1杯の砂糖で薬が飲みやすくなるのをみればわかるでしょ。
Jast a spoonful of sugar helps the medicine go down
in a most delightful way.
たった1杯で楽しくなる

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2009年12月 7日 (月)

チェノウェスがジュリーアンドリュースの前で「スプーンフルシュガー」


舞台「ウィキッド」などで活躍したクリスティン・チェノウェスが、ジュリー・アンドリュースの前で「メリーポピンズ」の「スプーンフルシュガー」を歌う映像です。

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