Don't let me downが出来るまでがわかります
音を合わせていく様子そのままの「Don't Let me down」。
完成するまでの過程がわかります。
1969年、1月27日から28日、アップルスタジオ。
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音を合わせていく様子そのままの「Don't Let me down」。
完成するまでの過程がわかります。
1969年、1月27日から28日、アップルスタジオ。
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たて 飢えたるものよ
いまぞ 日はちかし
さめよ 我がはらから
あかつきは きぬ
暴虐の鎖 断つ日
旗は 血にもえて海をへだてつ
我らかいな むすびゆく
いざ たたかわん いざ
ふるいたて いざ
インターナショナルわれらがもの
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「インターナショナル」が生まれた1871年のパリは、歴史上、市民が最も熱くなったと言っても過言ではないでしょう。
フランス帝国軍は当時の強国プロイセン(ドイツ北部の国)に敗北。パリは包囲されたまま、国防軍は戦うものの降伏します。
パリ市民はそれを認めませんでした。
市民は市民のための政治を行うことを宣言し、選挙を行うなど国家パリ・コミューンを誕生させました。
労働者による国家を目指していたカール・マルクスらの「第一インターナショナル」の影響を受けていたとも言われています。
しかし、パリはドイツ北連邦軍に包囲されたまま、フランスの国防軍によって攻撃され、多くの血を流し、72日間という短い革命政権は終わりを告げました。
このパリ・コミューンで、一般市民から生まれたのが「インターナショナル」。
やがてこの歌はソビエトの国家になるなど、世界中に歌詞が翻訳され、ひろがりました。
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なんと貴重な1975年のピアノマン映像です。
Youtubeには73年のビデオなども公開されていますね。
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実はアレンタウンは、70年代に「Levittown」として書かれた曲がオリジナル。
Levittownはビリージョエルが幼少期を送った町で、ニューヨーク近郊のロングアイランドにあります。80年代になって、アレンタウン周辺の工業事情を耳にして「アレンタウン」として発表しました。
デビュー当時にその近辺での音楽イベントに参加していたために、事情に詳しかったようです。
2007年、再びアレンタウンを訪れたビリーは地元で歓迎を受けました。
映像は発表当時、ロンドンでのライブ。
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ソ連でのライブなので通訳がビリーの説明を訳しています。
彼が言っているのは以下の通り。
「次の曲は、アルバム「ナイロンカーテン」から。この歌はアメリカ北東部の若者を描いたものです。残念ながら製鉄所が閉鎖になり、ただ、「いつか今より、良い暮らしになる」と信じて生きています。非常に愛されている曲です。「アレンタウン」」
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タイトルが甘すぎて今では作りづらい歌ですが、ジョンだからこそ作れた歌ですね。
語るように歌う歌ですが、歌ってみると結構難しいです。
特に「Nothing you can say but you can learn how to play the game, it's easy」
but you をバッチュー、その次のcanはキャぐらいにして、learn how はラーナウみたいにしなくてはうまくいきません。
あとは最初の「Nothing you can say but you」を走りすぎず、ゆっくりですね。
ウィキペディアによると、ジョン本人も歌いこなすのに1週間かかったそうです。
以下、歌詞です。
There's nothing you can do that can't be done.
Nothing you can sing that can't be sung.
Nothing you can say but you can learn how to play the game. It's easy.
コードが簡単なので、ギター1本、家などでみんなで歌うと楽しいはずです。
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印象的なピアノコードから始まるエルトンジョンの名曲「Bennie and the Jets」のオフィシャル映像。
「Stick around」と鼻にかけて歌うところがすてきです。
この曲は1973年の「グッバイイエローブリックロード」に収録。
エルトンジョンは、この曲は売れないと思っていたものの、シングルカットすると意外にヒット。
イギリスでは1位となりました。
ガンズのアクセルは、この曲を聴いて歌手を志したそうです。
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かつて放送禁止なった名曲です。歌詞が原曲と違う部分があるのですが、それは、竹田という地区で昔食べられていた食事の名前が、貧困を連想させるというのが理由だったそうです。
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